「自己破産の申し立てを行うと、勤め先の会社を解雇されてしまう」という話を聞くことがあります。
会社がその雇用する労働者が自己破産したことを理由に解雇する具体的な理由は不明ですが、多くの会社では就業規則に「社内の風紀を乱したとき」が懲戒事由と定めれらていると思われますので、おそらく「自己破産したこと」が「社内の風紀を乱した」と判断されて「懲戒解雇」される場合があるのではないかと思われます。
また、多くの会社では「故意または過失によって使用者に損害を与えたとき」という懲戒事由が就業規則に定められていると思われますので、仮にそのような会社の従業員が会社からお金を借り入れた状態で自己破産する場合には、その自己破産によって会社から借りたお金を踏み倒してしまうことになることから「過失によって使用者に損害を与えた」と判断されて「懲戒解雇」されるケースもあるのではないか、と想定されます。
しかし、自己破産という会社の業務とは全く関係ない事由で会社を解雇されてしまうのは労働者にとってあまりにも酷ですし、仮に会社からの借り入れがあったとしてもその会社から借りたお金を踏み倒すという行為は「金銭消費貸借契約」という「労働契約(雇用契約)」とは全く異なる契約から発生したものですので、その「金銭消費貸借契約」で発生した事由をもって「労働契約(雇用契約)」の懲戒事由としてしまうのは問題があるような気もします。
でも、本当に自己破産すると会社をクビになったりするものなのでしょうか?
ここでは、自己破産と勤め先の関係について考えてみることにいたしましょう。
自己破産を理由に解雇することは許されない
結論からいうと、自己破産したことを理由に会社が労働者を解雇することは許されません。
なぜなら「自己破産」することが即、解雇の理由とはならないためです。
会社が労働者を解雇する場合にはその解雇の理由に「客観的合理的な理由」と「社会通念上の相当性」が必要となりますが(労働契約法第16条)、労働者が自己破産すること自体は会社の信用を損なうものではありませんから会社の秩序を乱すということにはなりませんし、仮に会社からの借り入れがあったとしても前述したようにその借り入れは労働契約(雇用契約)とは別個の金銭消費貸借契約から発生したものといえますから、その全く別個の契約不履行に基づいて解雇することに「客観的合理的な理由」や「社会通念上の相当性」は認められないと考えられます。
したがって、仮に自己破産したことを理由に解雇されたとしても、その解雇は会社が権利を濫用したものとして無効と判断されますので、会社は労働者が自己破産したことを理由に解雇することはできないのです。
ただし、自己破産したことを理由に解雇されてしまうことはあり得る
しかし、これはあくまでも解雇されても「その解雇は無効になる」ということに過ぎません。
世の中にはブラック企業は多くありますし、すべての会社が法律に精通しているわけではありません。
そのため、仮に勤務している会社がブラック企業などであった場合には、法律に違反することを知りながら解雇してしまうこともあるかもしれませんし、また法律に疎い会社なででは解雇ができる場合でないことを知らないまま、自己破産をしたことを理由に解雇してしまうこともあるかもしれません。
このように、仮に自己破産をすることが勤務先の会社に知られてしまったとしても、通常はそれを理由に解雇されてしまうことはないといえますが、ブラック企業や法律に精通していない会社の場合には解雇されることもあるということは知っておいたほうが良いかもしれません。
(なお、このように仮に解雇されてしまった場合には、労働トラブルによる解雇の問題として自己破産とは別に弁護士や司法書士に相談して解決を図るほかありません)
自己破産をすることが会社に通知されることは「通常は」ありえない
自己破産すると官報という国が発行する冊子に住所と名前が掲載されることになりますが、勤め先の会社の人が官報を毎号チェックしているとは思えませんから、基本的に勤め先の会社に自己破産したことが知られることは通常はあり得ません。
そのため、たとえ自己破産の申立を行ったとしても、勤め先との関係に影響することはないと「基本的に」ない言えます。
もっとも、それはあくまでも「基本的に」ないというだけの話であって、「例外的」には、会社との関係に支障が出てくることもないとは言えません。
自己破産の申し立てを行うことで会社との関係に影響が出る場合としては次のようなものが考えられます。
(1)自己破産の資格制限に引っかかる場合
自己破産すると、手続きが終わるまでの期間(早ければ申し立てから半年程度で終わる)一定の職業に就くことが出来なくなります(「資格制限」といいます)。
警備員や生命保険の募集人(販売員)などが代表的で、これらの職業に就いている人は自己破産の手続きが合わるまでの期間、その業務を行うことが出来なくなります。
そうなると、勤め先の会社にその期間仕事が出来ないことを説明しなければならなくなるのですが、そのとき「自己破産するのでしばらくこの業務に就くことが出来ません」と正直に相談できるならば何の問題もありませんが、そうでないなら少々面倒です。
(2)会社からの借入がある場合
前述したように、会社から借り入れがある場合は注意が必要です。
あまり多くはないかもしれませんが、勤め先の会社からお金を借りていたり(給料の前借など)、福利厚生の一環で住宅やマイカー購入資金の融資を受けている人がいるかもしれません。
このような状態で自己破産すると、勤め先の会社が債権者(お金を貸している人)になってしまうので、裁判所から自己破産する旨の通知書が送られることになり、勤め先の会社に自己破産したことは知られてしまいます。
また、勤め先の会社が債権者となっているため、自己破産が認められれば最終的に勤め先から借りているお金を踏み倒すことになります。
このような場合、勤め先の会社との関係に影響が出てしてしまうことが考えられますので、会社から借り入れがある場合は自己破産の申立前に会社側に説明して事情をよく理解してもらうことが必要かもしれません。
※会社からの借入だけを自己破産の手続きから除外したり、自己破産前に会社からの借入だけを返済したり、あるいは自己破産が終わった後に返済するといった約束をするのは基本的に違法です。
(3)退職金や社内積立金がある場合
自己破産の申立書には、資産の項目として退職金の見込額や積立金の金額などを記載する欄があります。
退職金の見込額には将来受け取るであろう退職金の予定支払額(退職金の算出方法など)を、積立金の金額には現在積立がなされている積立金の内容を記載する必要があるのです。
これらの金額については、それを証明する書類の添付が必要になるので、退職金の場合には勤め先の会社から「退職金の見込み額」の証明書か「退職金の金額を算出する方法などが記載されている就業規則」などを発行してもらわなければなりません。
また、積立金が勤め先の会社とは関係のない学資資金や冠婚葬祭費用の積立であれば問題ありませんが、勤め先の会社の社員旅行の積立金などがある場合は、現時点で積立金がいくら貯まっているのかという証明書を勤め先の会社から発行してもらう必要があります。
勤め先の会社の経理の人に
「退職金の見込み額を記載した証明書を出してください」
とか
「退職金の計算方法が記載されている就業規則をコピーさせてください」
「社内旅行の積立金の金額が記載された証明書を発行してください」
とお願いしなければならないのですが、普通なら
「それ何に使うんですか?」
と聞かれると思います。
「自己破産するのに使います」と言えれば問題ありませんが、そうでないならハードルは高くなります。
通常、自己破産したことが勤め先の会社に知られることはありませんが、このような場合には自己破産することを自ら勤め先の会社に申告して勤め先の協力を得る必要が出てくるかもしれません。